以前、市民のための仏教講座をお願いした講師の先生は、特定の宗派の教えではなく通仏教的なお話を、というわれわれの要望に「今まで受けた講演の中で一番難しかった」と感想を漏らされた。

 仏教とは何か。人間の有限性から来る苦を、有限ではないものの助けを借りて、克服する試みだと言えるだろう。有限ではないものとは、例えば阿弥陀如来であったり、身心脱落であったり、縁起の理法であったり、死であったりする。悪名高い葬式仏教も死に関わる儀礼である限りは仏教の本流に触れていると言えるのではなかろうか。そうやって有限性を相対化する視点を手に入れることで、限りない世界への通路をひらく。
 人間の有限性の証であるべきモータリティがそのまま、限りない世界へ触れている自覚になるというアクロバット。

 五蘊・十二処・十八界と言われる。すべては感覚器官に写る映像に過ぎず、それ以外に不変の実体はないということだろう。しかし「ここにコップがある。コップという実体があるわけではない。花を入れれば花瓶になるし、ペンを入れればペン立てになる」などと言われてもあまりピンとこない。自分事ではないからだ。やはり実体がないということを語るなら、自分という実体がないことを語るのでないと、少なくとも私は充分な納得感が得られない。

 自分という実体はないこと。その消滅を怖れたりするのは不思議であること。宗教の救いを信じることは科学的真理を信じることに比べて検証のプロセスが不必要な分だけ容易であること。そのほうが得だから自分のために信じるものだということ。最近はこんな話をよくしている。
 私は今のところ加齢による記憶力の減退を感じたことがないが、それはもともと悪いからだ。子供の頃から記憶力はものすごく悪かった。例えば学校には何年も通っていたはずなのに、授業中の教室の状景というものの記憶は昔から今に至るまで1コマもない。ほんとうに学校に通っていたのかどうか確信が持てなくなるくらいだ。(記憶力の問題ではないのかもしれないが。単に夢想癖が激しかっただけなのかもしれない。)他方、何かと何かをパッとつなげる発想の瞬発力みたいなものは加齢によって確実に衰えている。そのピークは二〇代だったと思う。とはいえ、年を取ってそういうものが衰えていっても不自由を感じていないのは、ちょうど職場の誰かが辞めても最初は大変だがすぐに少ない人員なら少ない人員なりに何とか回していけるようになるように、適応しているからだろう。それを外化するための近況の文章化だ。(外化については改めて書ければいいと以前から思っているのだが。)


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かつては威張りまくり、

自分のルールを押しつけ、

ワンマンっぷりを発揮していた

あの威勢はどこにいった???


弱った姿にまた腹がたつし

(いつまでもヒーローでいてほしいというこちら側の願望)


アルコール依存症を発症し

アルコールはやめれたものの

不眠、薬物依存へと移行

ふるえなど

薬の副作用は数知れず

医者にさえかかっていれば

薬さえのんでいればいい

という

世代てきな考えなのか(みんなじゃないですね)


そのやり方が気に食わず

もっと

他に、自分を癒す方法ってありませんか?


って、そもそも

ヒーリングが必要ってところにも

いかなければ

その方法にも辿り着かないってところで



心と体の関係、

ヒーリングの大事さ

というところで

目に見えないもの

精神的なものへの大事さが

浸透しないことへの

いらだちもふくめて

自分自身の傷とリンクしている部分で

癒す必要ありってパートです。

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ウーマンズサークルでは


カナダのネイティブから授かったという


羽やらセージやらの道具をつかって


カナダ式のセレモニーを体験した


ふと、


ここは、


岩手の圧倒されるような


自然パワーのど真ん中



かつて


ニューヨークに


はじめて降りたったときに


あんまりのまぶしさと


エネルギーの強さに


よろよろしていると、


「ニューヨークの大地には


ハーキマーがいっぱいあるから


こんなにすんごいエネルギーなんだよ」


って、誰かが言ってたのを


思い出すくらい



ここ、岩手の自然パワーはすごかったし


って、話が遠回りしてるけど



日本の叡智ってどうなった?



え。


って、自分。



体験したり、学んできたのって


海外輸入のメソッドばかりじゃない??



日本の叡智ってなんだろう?


そんな風に


急にまずは

足元から


自分の環境にあった



禅、ぜん、ぜんぜん、、、


勉強したこともない、、、


ふつふつと

どこかにおき忘れた

大和魂(ナデシコ)がふつふつとわいて


Q.ZENとは何でしょうか?



セレモニー中に


すぐさま頭に降りてきた答えは



A.「ここで見ること」



額をさして、


それはおそらく第三の目


ここで世界を見てみんしゃい、と。



であれば


第三の目、


わたし、少しもあいておりません



Q.開いていただけますか?


そう問うと、


禅のマスターか



私のおでこの真ん中に



切り込みが入り、


パッと、


目が開いた。




それは、よくみると


色彩鮮やかな


ワニの目のような


一見すると悪魔の目のようにも見える目だ



Q.え、これ?


という問いに


A.進化の途中。


変容していく


とのむね。



爬虫類系の


第三の目をゲットした。

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岩手の太陽舎で


最後のセレモニーとなったのが


ウーマンズサークル




美しい音楽を聴きながら


ふと、


いてたってもいられない



「退屈さ」



という感覚に襲われた。





Q.なんで退屈なんでしょう?



すぐさま答えが頭に浮かぶ



「それは、自分を使っていないからだ」



ほほー



私はたちあがって



大きな太鼓の前に座った



美しいメロディを壊さないように



太鼓を叩きはじめる

でも、

遠慮して

予定調和しても

それは退屈だ



なので

あたまじゃなくて

体にまかせると


勝手にどんどん


太鼓の音が大きくなった



気がつけば

輪をかこむ女性たちに

もっというと

自分やみんなの


子宮に向けて、


起きろ!起きろ!


と、太鼓をたたかされていた。



音をとおして


子宮とつながると


子宮は硬くなって


少しも動いていない



はからずも

その日は

4月9日

子宮の日、


太鼓の鼓動を


子宮に贈った。


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人が輪になると


一人一人に光の柱が


たちはじめる。


さらに、祈りや


歌、


それにともなう


儀式、をすると


その光は強くなる



光の柱がひとつになって


天に届く



スピリットが集う中


大きなダイナミクスが起きる。



京子さんとこの

研ぎ澄まされた空間だからこそ


闇も光も

わんさこ体験して

それが可視化して

見えるってのも

また面白いんだけど


岩手、太陽舎で体験した


光側の体験の一つ。

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その夜は


早く寝ようと


11時頃には布団に入った


お酒をのみ


わいわいとみんなが


盛り上がっているのを横目に


ベッドに入る。




しばらくし


眠りについたころ



夢の中で女性が泣いていた


その鳴き声はだんだん大きくなり


夢の範疇をこえて


現実へと意識が


引き戻される



その鳴き声のそばには


一定の穏やかな男性の声がよりそっている


何を話しているのかは


聞き取れないが


なぐさめる、というよりは


道に迷わないように


そばにいる、と言った感じで。



それでも


その鳴き声は


やむことなく、


どんどん大きくなり、


やがて叫び声となって


それは獣のような雄叫びとなって


ざわざわと周りの話し声が


静かになった。



はっきりと


私は目を覚まし


自分がどこにいるか


目をあけると、


部屋中に


黒い煙のようなものが


たちこめていた。



真っ暗い部屋の中に


立ち込めている煙は


リアルなのか


なんなのか



煙をみると


それが


勢いをもって


私の心臓をノックしはじめた


ドンドン!


中まで入ってきて


心臓をつかまれそうになる前に


バサッと身を起こして


みんなのいる部屋にいく



一瞬明るさに


目が眩んだが


さっきまで


声をあげて泣いていた女性が


話の中心で笑っていた


ひとしきりの


解放がおきたようで


その隣には


笑顔の濱田さんがいた。


その間ずっと


抱き抱えるように


寄り添っていたそうだった。

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家族に

アルコール中毒がいたので

観察するきっかけになったんだけど


アルコールが体に入ってくると


体と意識に隙間がうまれる

それが、麻痺として浮遊するような感覚を

楽しめているうちはいい


ただ、


体と魂の一致が弱かったり

そもそも

軸が弱かったり

浄化するものを

抱えていたりすると

それが噴出したりする


さらには


体と意識の隙間に

闇が入ってくる


とくに、夜飲むお酒は

闇が強くて

隙間からどんどん入られたあげく

体ごとまるまる

その人を

のっとっていく


のっとられてしまった人は

正体不明となり

制御がきかなくなる


それは

薬物とかも

似たような

同じプロセスなんだろうけど


それは

あまり目の前で

見たことがないのでわからない。


話題の

フェンタニルなんかは

一瞬で命を奪ったりして

それもすごいけどね。

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有名なヒーラーさんのセッションを受けたんだけど


オンライン越しに

ざわざわとして

本人も

落ち着かなそうで


「うわ〜! いっぱい憑いてんな〜」


っていうのが第一印象


その人のエネルギーの騒がしさったらもう


大丈夫かな〜?って。




何と繋がってるのか


その人が


どのくらいクリアかっていうので


内容も変わってくるわけで


施術者が整っているっていうことは


超、大事。


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個人セッション









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私のひい祖父さんである黒澤喜市は、

お寺の娘だった曽祖母と結婚するなり、

芸者とかけおちして行方不明になった。


明治5年に生まれたっていうのに

死亡届がだされたのは平成の4年。

計算すると、120歳で亡くなったことになって。


んなわけねーだろ!って。



どんな野垂れ死にかたしたんじゃい!

よくもいろんなカルマを置いてってくれたな


と。


黒澤家男子のメンタルが弱いのは

お前のせいだ!


なんだったら、

病気やら災いやらの原因の一つなのでは!


とっつかえまえて、浄化してやる!

と、

私は、自分の家系の業の深さに辟易しつつも
鼻息を荒くしていた


だけど
あらためて
ファミコンをとおして

喜市とつながると


ひたすら、

ごめん!

っと、言い訳していたわけで


そもそも

顔もみたこのない

ひ孫なんかに興味もないし、


結婚も、常識も、ルールも、

病気ですら眼中になく、

無責任。

よく言えば、

彼がとにかく自由だということ。

無責任なんだけど、

常識にまったくしばられない

パワフルさ。


今、

この喜市の

眼中にないくらい自由である


っていうパワーが

とっても必要で、

それに気がつくことで
私の知覚が変わり、


それが受け取れたのは

一つ、喜び。


さすが、喜市!

ありがとう!先祖!

ps
駆け落ちされた超絶美人だった曽祖母も
すぐに次の旦那を見つけて幸せに添いとげてて
曽祖父に負けなかったのであります。

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 人間にできることはすべてAIでもできる。それならば人間の固有性とは一体何か。この困難な問いに、東浩紀は近著でちゃんと答えた。すべては幻想だ、と。人間の固有性は幻想として残る、と。

 仏教は無自性を説く。「すべては幻想だ」というのと、「自己は存在しない」というのは、切り口の角度こそ違え、ことがら自体としては同じことを言っているのだろう。
 「自己は存在しない」というのは難しいことでも形而上学的なことでもなんでもなく、リアルで生々しい生活実感だ。一ヵ月前の自分と今の自分が別人だということは誰でも感じている。本は再読するたびに印象が違う。少し前にあんなに好きだった人は今では棒きれと同じだ。自己が存在しないことに疑問の余地はない。
 それなのになぜ人間は自己の持続の感じを持ち、その消滅=死を厭うのか。この大きな謎にも、東浩紀は仮説を提示した。

脳がスタンドアロンでしか動いていないから意識という状態が生まれているのであって、全く同じ計算過程を計算機上で再現しても、その制約がなければ意識は生まれないのではないか。
内部過程でしかないから、外側からはわからない。

 これはすごい発想だ。天才の直観であって何の根拠もないと思うが、人類史上初めて意識の生成過程を射当てたのかもしれない。この世にスタンドアロンで動いているものは何もなく、すべては関連し合っている。それを悟ったゴータマ・ブッダには意識はないのだろう。

 活字文化の固定性は自我なので、近代を超えるには、仏教の無自性が助けになるが、それは自我の雲散霧消なので、人間はここ数百年、ずっと頭ではわかっていても気持ちとして避けてきた。どんなインテリでもだ。しかしこれから先の数百年はそういうわけにはいくまい。
 というわけで、やはり何と言っても花田清輝だ。全集第8巻を読む。代表作と言ってもいい『近代の超克』が入っている巻だが、時評も面白い。


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