女性の体は


我慢や忍耐ってものが


とくに


耐えられないようになっている。


ストレスを逃がし逃がし


バランスをとっていても


なんらかの症状がでてくる



母が倒れてみて


見えてきた世界のひとつに



我慢のしすぎで


倒れる女性の多いこと



それは


自分さえ我慢していればいいやって


悪しきマインドにより


体に負荷がかかってるわけで



それって


誰も幸せにならない



ボム!っと爆発して


それまでのものを


こっぱみじんにふきとばす。



それはそれで


強烈な目覚めのコールには


なるとしても



女性が真に幸せでいることは


まわりも幸せになる



重要なファクター。



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わたしの命の躍動と踊る パワーアニマル・ジャーニー 〜<葉山>

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★ソウルセレブレーション

★あなたの星の物語

 






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●コロナで仕事がなくなって鬱々としている経営者や、個人商店をたたんで全く畑違いの工場のいち従業員として再出発した同級生、また東京のほうで無職になって半年以上再就職の目途が立っていない知人を見ている。私の人生も決して平坦なものではなかったはずだが、どうも、のほほんと流れているうちに強運ともいいようがないほどの運勢に恵まれて生きながらえてきたような気がする。以前、学校を卒業してすぐ未知の業界の小企業へ飛び込み、そこで揉まれて自己を確立していった経歴の一端を別のところに書いた。今回はその続編のようなものだ。

●15年勤めた三和プロセス株式会社の廃業発表があったとき、私は叩き上げの社長と専務を除けば一番の古株だったが、ひとりだけ夜勤専従で、しかもひとりだけ現場と管理者の中間の鵺のような位置にいて、異質だったと思う。今から考えれば、少なくとも丸2年間ほど、何も仕事をしていなかったような気がする。東日本大震災がとどめになって2011年9月に表向きは倒産したこの会社は、しかし存続した。とてつもない借金があったのを民事再生法の申請か何かで全部チャラにして、取引先の色校正会社に吸収される形で残ったのである。というのも、これだけなりふり構わぬ受注ぶりでアホみたいな短納期で働く下請けがなくなっては困ると、DNPが大きく援助してくれたからだ。廃業すると聞いて泡を食って、何でもするから続けてくれと言ってきたらしい。「らしい」と書くのは全部推測だからだ。私はこの逆転劇の一切に関わっていない。

●社長から廃業発表があって一、二日のあいだは従業員みんな淋しげな顔をしていたが、三日目ぐらいにニヤニヤと嬉しそうに笑うようになり、四日目ぐらいから打って変わって私はほかの従業員から目をそらされるようになった。同じ頃、得意先のI社のKさんから「三和さんS社さんに吸収されて残るんだってね。よかったけどこれからいろいろ大変だね」というようなことを言われて、水面下で何が進行しているのか大体わかった。丸2年ろくな仕事をしていない私は切って、残った者で再出発するということだ。これはどう考えても営利企業として当然の判断である。私は単なる会社の顔になり果てていた。現場にこそ忙しいときには人手が要るが、私のポジションに誰もいなくてももはや仕事は回るのである。三日目のニヤニヤは私も残ると思っていた者の、まだ俺ら口止めされてるけどあとで専務から言われますよ、という笑いで、四日目にそうではないことがわかって後ろめたい思いを味わっていたということだ。

●しかしこのときすでに私は暇にまかせて築地本願寺の中にある東京仏教学院の本科に通っていて、実家の寺をいずれは継がなければならないという意識もあった。(三和の人たちには自分の実家が寺だということは一切言っていなかった。)かりに新会社に誘われたとしてもまず受けなかったと思う。だからそんなに気を遣われると困ると言いたかったが、事情を説明するのも難しいし、I社のKさんからこう聞いたんだけど、とあえて言うのもどうかと思ったし、面倒なので、まあいいや、と思い、私は何も知らないという態で、予定通り9月いっぱいで退社した。しかし得意先にはずっといると思われていたらしく、半年経っても日曜の朝などに突然携帯に「いやー昨日下阪してもらったアレ事故っちゃってさあ、ちょっと取りに来て直してくれる?」と電話がかかってきて、もう辞めてるんだと説明して驚愕されたことが2回ほどあった。

●辞めて一ヵ月ほどは遊んでいたが(神谷町の青松寺の古澤有峰氏の死生学講座へ通ったり、個人出版社を設立する準備をしたりしていた)、10月末に早くも次の職場が見つかってしまった。これが聚珍社である。このとき採用担当者宛に送ったメールが残っているので、メチャクチャ恥ずかしいが、晒してみる。


株式会社聚珍社御中

初めまして。今、御社のWebサイトを拝見しまして、何かお手伝いができないかと思い、突然で失礼ではありますが、このようなメールを差し上げる次第です。

私は製版会社で約15年間、進行管理や校正などの仕事をしていたのですが、その会社は残念ながら先月倒産してしまい、現在は無職の身です。
しかし私はたまたま生まれたところが寺だった関係で、浄土真宗本願寺派の僧侶でもあるので、その方面の勉強もかねて、真光寺出版(http://●●●●.org/)という個人出版社を設立し、仏教思想を世に問うていこうかと考えているところです。

とはいえ、それだけで食っていけるわけもないので仕事を探していたのですが、たまたま目にした御社の業務内容は僭越ですがまさに自分にうってつけなのではないかと思いました。
私は読書が趣味で、文字に目をさらすこと自体が好きなせいか、長文の文字校には多少自信があります。
進行管理については、15年間楽しくこなしてきた勝手知ったる業務だと思っています。
外部スタッフという形態も私にとって都合がよく、ありがたいです。

以下に私の簡単な経歴を書きますので、是非ご査収いただき、お会いいただけませんでしょうか。
私にできることなら何でも喜んでやらせていただきます。勉強させてください。
(以下略)
 

●これを2011年10月21日に送っている。個人出版社といってもWebサイトを作ってISBNコードを取っただけだし、校正についても素人が何言ってんだと失笑されるような文章だが、まあ必死だったのだろう。返信をもらい、履歴書を送り、25日に面接を受けることになった。面接には窓口になってくれた森下さんのほかに、当時の社長の岩崎さんと、去年亡くなった立木鷹志こと川口さんがいた。面接では皆さんなぜかものすごく好意的で、あっさり採用された。

●聚珍社は三和とは全く違った意味でものすごい会社だが、私にわかっていることは少ない。会社というよりどちらかといえば会員制の協同組合みたいなもので、正社員という存在はいず、会員の数は300とも400とも言われていて、角田さんですら「俺でも全貌はわからない」と言っていた。必要なときに手配から電話がかかってきて呼ばれ、それぞれの現場へ派遣されるという働き方が多かったと思うが、それも人によって様々なのだろう。私が関わっていたのは主に商印校正の分野で、全国的に展開している家電量販店やホームセンター、大型スーパーなどのチラシ制作現場へよく入らせてもらった。容易に想像がつくように、この手のものは地域によって部分的に内容が違うものを組み合わせて一つの紙面を作っている。暖房器具を掲載しているなら商品によって寒冷地版とそうでないものを分けたり、同一商品でも価格の違いによって複数の版を作成したり、全く掲載内容の違う東北版・関東版・中部版という3種類の紙面を作って共通部分以外を差し替えたりといった、いろいろ複雑な作業が発生する。それを原稿と突き合わせて全部チェックするのが校正の主な仕事だが、それだけではなく、もっと能動的に制作現場を回していくこと自体がこの会社の本領だと思ったような気がする。校正といえば個人プレーだと思われるかもしれないが、決してそんなことはなかった。新型コロナウイルス感染症の流行による史上初めての大規模ワクチン接種のオペレーションに自衛隊が出張ってきたと聞いたとき、私はこういうものこそ聚珍社がやればいいと思ったものだ。

●採用が決まっても1ヵ月間ほどは一度も呼ばれず、やはり甘くないな、と思っていたら、繁忙期に入り、猫の手も借りたくなったのか、市ヶ谷の某所でやっていた某大型スーパーのチラシ制作現場へ呼んでもらった。これが商印校正に手を染めた最初だ。以後ぽつぽつ呼ばれるようになり、某ホームセンター、某紳士服量販店、高崎に本社を持つ某家電量販店などのチラシ校正をよくやらせてもらった。同じ商印でもチラシとカタログは全く違うのでカタログ現場へ入ったことは数えるほどしかないが、蔵前のトッパンでやった某航空会社のカタログと、事務所でやった某スポーツウェアメーカーのカタログ現場の印象は強烈だ。しかし一番強烈だったのは、何のカタログだったか忘れたが、2016年に亡くなった古元文裕さんの現場へ一度入れてもらったことがある。校正と言えば赤字を入れたり疑問を出したりすることだと思い込んでいたフシのあった当時の私は、古元さんの

「赤字を出すのが仕事じゃない。疑問を出すのが仕事じゃない。仕事ってのは自分の責任範囲を明確に決めて、その中だけで完全に責任を負うことだ」

 という言葉に、あ、その通りだ、と深く頷いた。完全に責任を負うというのは誰にも訊かずに黙って直すということだ。または責任を負えないところだけを訊くということだ。何でもかんでも疑問を出すなんて冗談じゃない、それは先方の負担を増やしているだけだということだ。古元さんの現場に一度入っただけであの人の凄さを見抜いたのが私の自慢(?)である。仕事で唯一尊敬する人だった。


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宇宙のハウス12でおきる射手座の新月。


シンボルは射手座2度の

「白い波の帽子に覆われた大洋」


風と海とは超意識と無意識のことで、

宇宙的なリズムをあらわしている。


心臓の鼓動、

風、海のうねり

それらすべてを

受け取って自分の力にかえる


そこに

3ハウスの木星が応援


宇宙の原理である創造エネルギーは

常に働いている。


自分の思考、感情

すべてがプリズムとなって

現実をつくりだす

つまり

変化したければ、

無意識にすりこまれた

古い自分すべてを

リニューアルし

まったく新しい

自分イメージを刷新することで

オクターブの法則にのって

まったく新しい自分の

創造エネルギーが加速する。

つまり、

まったく新しい自分誕生のチャンス。

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●最近自分が何をやっているかよくわからないので、順番に書き出してみる。

●寺をやっていると、たとえば高齢の方などから、そちらへお参りすることはできないが親族の年回忌としてお経を上げてほしいと、お布施だけ渡されることがある(二、三年に一回ぐらい)。そういうときは無人または寺族の参列のもと、通常通りの法事としてお勤めするのだが、最近はそれが終わったあと、手紙に法事でするはずだった法話をしたためて、写真も同封して、施主さんへ郵送することにしている。先日そういうことがあり、その際の手紙法話はまあまあ上手く行ったような気がして達成感もあったのだが(私は人前で心に響く話をするのと、人の心に響く文章を書くのと、どちらが得意かと訊かれれば、遺憾ながら後者だと答えねばならない。いや自分でそう思っているだけかもしれないが、それでも生活のすべてを犠牲にしてどなたかのための文章を草することに躊躇がないのは事実だ)、あとが続かない。拙寺には一時預かりの無料納骨壇があるのだが、これを一時と言わず、寺が続く限りお骨を安置する場所にする必要性が生じてきた。それで規約を作らなければならない。この規約作成が遅々として進まず、しばらく唸っていた。

●しかしそれもなんとかまとまり、役員会を招集して無事承認を得た。納骨堂の規約なんか検索すればよその寺のものがいくらでも出てくるのだが、何の参考にもならない。一体いつから寺は遺骨預かり専門業者になったのだ、と憤慨させられるものばかりだ。敬いの心と信頼関係の尊重を全面に出した独自の規約にした。そのうちWebで公開する。

●父の七回忌が近づいてきた。今回はコロナで延期していた祖父の十七回忌と祖母の十三回忌も併修するので多くの親戚に声をかけ、十家ほどからお参りいただくことになった。粗供養の準備、お膳の予約、車椅子の親戚のための段差解消等、することがたくさんある。これらの準備と同時に豊岡仏教会の副会長兼庶務担当者として歳末助け合い托鉢の仕出し弁当の予約と新年懇親会の店の選定・予約をしたのでどれがどれだか混乱してしまった。店の選定は難しい。豊岡にはいい店がたくさんあるが、変動は激しい。驕れる平家久しからずだ。全部を食べ比べるわけにはいかないので、ある程度は口コミを信じるしかない。しかしそれも辛口の人もいればそうでもない人もいる。

WeeklyOchiaiの先崎彰容氏の出演した回を見た。明治時代だったら維新の元勲がやっていたような国家百年の大計を今は若い世代がやらなければならなくなっているという指摘が面白かった。ようは国の価値観やグランドデザインの問題だが、これについては私の答えは出ている。かつての日本が西洋の近代科学を取り入れて富国強兵をスローガンに工業化に邁進したという、その近代科学や工業化の位置に、現在では日本の伝統文化が入る。だからこそ田舎の寺の住職などをやっている。しかしこのことはそれほど自明でもないし広く共有されてもいない。真逆の価値観を持っている人もいるだろう。地球環境のために無際限な経済成長をやめようという常識的で穏当な主張にすら、真っ向から反対する人が絶えない世の中だ。

●現在、宗教の旗色は悪い。死が眼中になければ宗教を手放しても問題はない。しかし日々の生活の意識の中に死を含むならそれはどうか。宗教は個人主義に対立するところにあるが、それはひとり宗教のみではない。おそらく呪術・科学・宗教がグラデーションを成して、個人主義に対する営みとしてある。高級腕時計を身につけていい気持ちになることは呪術寄りの宗教で、読書に没頭することは科学寄りの宗教で、論文を専門誌に投稿することは宗教寄りの科学で、拝金主義は呪術と宗教のハイブリッドだ。



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本日の満月は、

牡牛座16度でおきている。


その月にぴったりと天王星が

よりそっていて


11ハウスなので仲間たちなど

身近な人たちを通して

意識の覚醒がおきる。


たとえば、

なかなかうまくいかない原因には

心が閉じている、ということはよくある。

たとえばお金に対して偏見のある人は

いくら努力してもお金は入らない。


そこに天王星は

内なる霊性を目覚めさせるべく

ゆさぶりをかける。


その枠中で

あなたは本当に楽しいのか?

幸せなのか?


いいえ

いいえ


わたしのハートは

喜んでいません。


問答を繰り返して

精神を純化する過程で

限界をきめている

無意識が変容していく

金星は少女のように
天真爛漫に
ハートとつながり
扉をどんどん開いていく


つながりがひろがり

シスターフッド

ブラザーフッド、

それが

ブッダフッドへと進化する

覚醒の皆既月食。

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●寺院関係者の中には、これからの人口減少社会へ向けて、生き残りを賭けて、他寺と差別化を図り、潰し合っていくおつもりの方もいらっしゃるだろうが、私の考えは真逆である。むしろどんどん参入してきてほしい。地域に寺が増え、仏法が盛んになれば、競合が増えて不利になるのではなく、逆に双方にとって得になるだろうと考える。人がいないから統廃合へ向かうのではなく、人がいないからこそ個体数を増やして盛り上げていこうという発想ができるのが、寺がふつうの経済体とは異なるところだ。

●参入と言っても、新しく宗教法人を設立するのは日本では非常にハードルが高いので、全国に二万とも言われる無住寺院(住職のいない寺)への入寺を狙うべきだろう。たとえ寺としての体裁を成していないほど荒れた寺であっても、法人格さえ残っていれば、入ってきた人の熱意次第でどうとでも回復する。私見によれば、寺の荒廃の少なからぬ部分は特定の個人に起因している。人さえ入れ替われば流れが全く変わることだろう。伝統仏教の教団や檀信徒には保守的で因襲に凝り固まったところがどうしてもあり、それは当事者たちも自覚しているのでなんとか改革しようとしているが、なかなか思うに任せない状況だ。そこへ外部の風を導き入れてくれる新しい人が入ってきてくれれば、歓迎されこそすれ、「どこの馬の骨」ともわからぬよそ者として排除されることはないはずだ。そう信じたい。とはいえもちろん、入寺などと先走る前に、いち僧侶として立つのが先決だ。その公式な窓口はいくらでもあるだろうが(宗門校へ入学して勉強するなど)、まずはどこかの寺の誰かに師事するといいかもしれない。

●ここでは特定の宗派の宣伝のようなことは書きたくないが、浄土真宗の大きな特徴は在家仏教ということである。在家・出家という仏教用語がある。在家は出家せずに仏道に帰依することだ。教義上、浄土真宗の寺の僧侶は出家ではない。つまり俗世間を捨てず、その中にあって生活を営みながら仏道を実践しているという二足のわらじ生活者なのである。このありかたは寺院業界の外部からの参入を考えている者にとって親和性が高いのではなかろうか。


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●いつも考えるのは、役割があるか? その継続は楽か? この二つだ。つまり短期的な成果はない。毎日何してるの? と訊かれて答えられないのが遺憾である。

●10月にやったことを箇条書きにしてみる。(私の本業である法務・寺院運営関連のものに絞って。)
オンライン総代会
戦没者追悼法要
衣替えの一環として御簾をしまってふすまを出す
某家三回忌
打ち上げ(幹事)
某寺役員ご一行さま団参受け
某家お二方年回忌法要
報恩講(自坊+二ヶ寺)
埋葬等の証明書書く
和机購入、仏間のレイアウト

●ああ・・・・・・遠い。最初のものなんて、ほんとに先月の出来事なのか。いつも思うことだが、時間の経つのが遅すぎる。

●この一ヵ月はリハビリと称して嫌な仕事を一切やらなかった。それで自分の首を締めている。しかし、いま法事が立て込んでいて、これが一段落しないことには次に進めない。一ヵ月と言えば、だいぶ前に、必要があってpovoの一ヵ月通話かけ放題トッピングを申し込んで、それがやけに続くなあと思っていたら解約しない限り自動更新されるものだった。なんということだ。電話なんてもう滅多にかけないのに月1,650円をドブに捨てていたようなものだ。コロナになったときに申し込んだから、最初の一ヶ月間はいいとして、丸二ヵ月気づかなかったということだ!

●また痩せたかと訊かれたので、夕食に精製糖質(白米、小麦粉、砂糖)を摂るのをやめた話を繰り返した。朝食はがっつり、昼食は軽く普通に、夕食はタンパク質を中心にして糖質はカット、これだけで一ヵ月もかからず健康的に痩せる。あとは毎日体重計に乗って推移をモニターしておけばいい。


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●規則正しい生活をしようと思い、8時45分に目覚ましをかけていたが、きのうまでの激務が祟ったのか、10時半まで寝てしまった。最近、高峰秀子の『わたしの渡世日記』上・下巻を読了したが、マキノ雅弘の『映画渡世』天・地の巻より面白い映画人自伝を初めて読んだと思った。自分が陰性のミザントロープであることに苦しんでいるうちはまだまだで、そんなこと全く気にならなくなってからが人生本番である。開き直りと言わば言え。子供のいなかった高峰・松山夫妻の養女で、エッセイスト・編集者の斎藤明美の「高峰秀子もの」にも幾つか目を通してみたが、その中で目にとまったのが、規則正しい生活について書いた箇所だ。毎日自分で食事を作り、部屋を片付け、五分と違わぬ規則正しい生活を続けていくことができれば、そこに答えがあるのではないか。なぜなら、高峰はそれを何十年も実行し、同じことを繰り返す中で自身の体調の変化を知り、誰にも言わずそれを是正し、八十六歳で息をひきとるまで、彼女の頭脳は冴えわたっていたからである。(斎藤明美『煙のようになって消えていきたいの 高峰秀子が遺した言葉』)

●私はミザントロープではないが、暗黒の十代の頃はともかく、社会人になってからは、もちまえの人当たりの良さで大抵の人から親しまれたが、それでも100人に1人ぐらいからは「なんでそこまで・・・・・・」といいたくなるほど徹底的に嫌われたような気がする。そしてその1パーセントの人はみんな上辺に騙されない人間への洞察を備えていて、私の何かしらとっつきにくい陰性の部分を見抜いていた人たちだった。(こういう、自分に不利になるかもしれないことを平然と言えるようになるのも高峰秀子を読書することの効用である。)

●最近、『私立探偵 濱マイク』(2002)を最終話まで見終わった。初見である。名前ぐらいは聞いたことがあったが、なんちゅう面白さだ。第2話でいきなりUAが出てきたのにも驚いた。第6話の監督は誰かと思ったら青山真治だった。第8話はローマ字表記時代の石井聰亙監督で、良すぎて驚いた。その次の中島哲也監督の第9話はまた全く違った意味でメチャクチャ面白かった。浅野忠信はやはりシリアルキラーを演じさせたら天下一品だが(第10話)、第12話のSIONは洒落にならない本物の犯罪者に見えるのと、顔がKERAに酷似している。Alex Cox監督の第11話も屈指の面白さ。しかし全体的に永瀬正敏の緻密な演技に一番感銘を受けた。あんな強烈なキャラなのに、キャラに乗っかって押し通すような大味なところが微塵もなく、繊細そのものだ。

金川信亮
 

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月は5ハウスの新月です。


蠍座2度。「割れたビンとこぼれた香水」


この度数が象徴するのは

偶然の出来事による過去との決別。


一度割れたビンは元にはもどらない。


離婚、引っ越し、転職など、

いろいろな決別があり

感情面での整理が必要になってくる。


金星もここに

のっかっていて


過去の出来事による

ショックや、離別

それらが癒された時に、


香水がふわっとひろがるように

それは

あらゆる、アイデア

可能性、才能として

花開いていく錬金術。


つまり経験はすべて財産へ


10ハウスの木星が

それをキャリアとして

活かしてくれる。

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自分が食べさせてやっているんだから


という思考で

いっさい家事をやらず

妻に全部やらせる夫。

妻も、

やしなってもらっている

気がしてついつい

いろいろやってしまう。


一昔前ならあたりまえだが

今は違う。


女性も経済的な自立の

ときがきて変化している



母が倒れて

それでも

家事がなにもできない父を

見ていると

いったい、今までの

結婚生活で

何を学んできたんだ?

と、頭にきてしまう。


これだけのことを

母にさせてきたのか

と、代わりに

手伝ってみて体感する。



男性だけが輝く

社会構造というのも

崩れはじめて、

女性性を無視した

仕事の仕方には無理がある。


そして

そこまで

女性を卑下して

いじめぬく理由の一つに

戦争で負けてしまった

負けの

傷、が癒されていないことも

関係あるんじゃないかと

無意識てきに感じてしまう。

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短編小説「トウモコロシ」







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