●本はけっこう読むが小説は全く読まないという人が私の周りにもかなりいる。その気持ちはなんとなくわかる。私もどちらかといえば批評やノンフィクション系の本のほうをより好んで読む。小説といえば、本当に面白いものしか読んでこなかったような気がする。
●新刊が出たら読むという小説家は現在ではミシェル・ウエルベックしかいない。とはいえウエルベックを読み始めたのはそんなに古いことではない。2015年、最新作『服従』の邦訳が待たれているときに浅田彰の出演したゲンロンカフェのトークイベントで知って、最初に読んだのは中村佳子訳『プラットフォーム』だった。いっぺんでやられた。電子化されている作品が少なくて、次にKindleで読めるのは『ある島の可能性』だけだった。『服従』は出てすぐ読んだ。その次ぐらいに以前読書界で話題になった記憶はあった『素粒子』をちくま文庫版で読んだが、これに一番やられた。あのラストは本当に凄いと思う。『地図と領土』はまだ読んでいないので楽しみが残っている。最新刊『セロトニン』はもうすぐ読み終える。昨日の読書会で小説の話になり、ウエルベックの名前を挙げたところ、意外にも誰も知らなかった。長編が多く邦訳されているが全部同じで、小金を持った冴えない中年男がうだうだ言う話ばっかりなのだがそれがたまらなくいいのだと紹介した。そんなに間違っていないと思う。
●オールタイムベストというか一番好きな小説家を一人挙げろと言われたら、やはり久生十蘭になると思う。短篇では『復活祭』『生霊』、中編では『蝶の絵』、長編では『十字街』『だいこん』などが好きだ。ほかには三島由紀夫は高校時代『青の時代』『沈める滝』にやられて以来好きで、「豊饒の海」四部作はだいぶあとになってから読んだが、現代日本文学最高の達成だと思う。(『春の雪』の絢爛とすっとぼけた背徳もいい。『奔馬』は一番構成がカッチリしていていい。『暁の寺』は暗鬱で重苦しいという悪評もあるようだが私は大好きだ。もちろん『天人五衰』は最高だ。)
●浅倉久志訳のカート・ヴォネガットも好きで、いくつか読んでいて、どれも好きだが、なかでも『スラップスティック』は最近再読して感銘を新たにしたことをここに書いた。G.K.チェスタトンなら吉田健一訳『木曜の男』だが(本当に最高だ)、ちょうど今、『新ナポレオン奇譚』という邦題で出ている最初期の作品を読んでいて、これも面白い。あとは、あまり数は読んでいないが、芝木好子はすばらしい。『隅田川暮色』『群青の湖』を挙げておく。
●昨日の読書会ではレイモンド・カーヴァーの短篇集『大聖堂』を読んだ。所収作十二篇どれも粒揃いの良書で、村上春樹の翻訳もいいが、あえていえばフラットだ。これを平板と取るかまとまりがあると取るか。私は黒澤優子の『トウモコロシ』を思い出した。こちらは振れ幅が大きい。両者は突き放されつつも心にしみ入ってくる感じが似ている。硬質な文体から受ける深遠で静謐な印象が似ている。カーヴァーが好きなら黒澤優子を読んでみてもいいと思う。
(金川信亮)